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phistory NID:110470 DispID:93476 AibonDB Status:0 View:2 ModifiedDate:2008/09/22 23:18 Public:1
den_go 漆と日本人

漆(Japanese lacquer)

 

漆(Urushi)という言葉の語源は,麗し(Uruwashi)あるいは,潤し(Uruoshi)から由来しているとされる。

縄文時代の遺跡からも数多くの遺物が発掘されている。漆は以前,大陸からの渡来技術の一つと考えられていたが,2000年(平成12年)北海道南茅部町の垣ノ島B遺跡から,約9000年前のものと思われる世界最古の漆器が発掘され,さらにDNA分析の結果,使われていた漆が,日本固有種のものであったことが判明した。


赤い部分が漆 肩当て
 
 

その技術は長い年月を掛けて,青森県の三内丸山遺跡や,福井県鳥浜遺跡などの,各地の縄文集落へと伝わっていたのではないだろうか?

1本のウルシ木から,わずか数百グラムしか採取できない漆は,縄文時代草創期には食器などに使われることはなく,おそらくは祭祀などの儀式用の道具のために使われていたことだろう。事実垣の島遺跡で発見された漆器品は,腕輪などの装飾品であった。

漆成分が検出された土器

 
上から2番目が櫛 3番目が注口土器 
 
 
しかし,時代が下るにつれて土器や木器などにも使われるようになってきた。
漆の発見とその普及は,縄文人にとって画期的なことであったに違いない。
 

漆には次のような伝承も残っている。
倭武皇子(Yamato-takeru-no-miko)が、宇陀の阿貴山に猟に行った時、漆の木を見出し、漆の官を任じたという伝えを記している。 
 
倭武皇子が、宇陀の阿貴山で狩猟をしていた時、大猪に矢を射たが、止めを刺すことができなかった。部下の1人がそれならばと、漆の木を折ってその汁を矢先に塗り込めて、再び射ると、見事に大猪を仕留めることができた。塗りの木汁で手が黒く染まった皇子は、部下の者に命じてその木汁を集めさせ、持っている品物に塗ると、黒い光沢を放って美しく染まった。 

そこで、その地を漆河原(Urushi-gawara)(現・大宇陀町嬉河原(Uresi-gawara))といい、漆の木が自生している宇陀郡奥、曽爾の郷に「漆部造(Nuribe-no-miyatuko)」を置いた。 
 
                       以呂波字類抄(Iroha-ji-ruijou)本朝事始(Honchou-kotohajime)

 
もちろん単なる伝承であり,これを持って日本の漆の嚆矢とはしないことは,先に上げたように,日本では縄文時代から漆加工が始まり,今日まで連綿と続いている琴から分かっている。
ところで漆の技法は,大きく分けて2つに分類される。1つはただ単に刷毛で漆を塗る方法であり,2つ目は漆に貝などを薄く削いだものや,金や銀などを貼り付けて下地の漆とのコントラストを際だたせるやり方だ。
前者を塗り立て方(Nuritate-hou)と呼び,後者をろいろ法(Roiro-hou)と呼ぶ。日常的に使用される漆器は前者であることが多く,祝日や慶事に用いられることが多い器が後者である。

 
 
印籠各種

八橋印籠 表(左)と裏(右)

 

中国や韓国で造られる漆器で,後者に相当するのものが貝を使った螺鈿であろう。これは中国伝来の技法である。もちろん日本でも螺鈿の漆器も多く使われるが,それ以外に日本独特の漆技術がある。それは蒔絵と呼ばれる手法だ。

蒔絵とは,筆で漆を塗り,それが乾く前に金や銀を蒔き,乾いたのち研ぎ出しや磨きをかけることにより,独特の立体感や風合いを醸し出す日本独特の手法である。また蒔絵と螺鈿を併せて加工する手法も多く用いられる。


 

 

八橋硯箱 尾形光琳作

蒔絵螺鈿有識文飾箱 松田権六氏作
 
 
1867年に開催された第2回パリ万国博覧会に出品された蒔絵漆器は,それまでのヨーロッパ人の美の感覚とはまったく異質ながらも,それでいて優美で華麗な美しさを持った新たなる文化との遭遇を彼らに予感させた。それ以降,漆器には japan またはjapan ware という名称を与えられることとなった。そして浮世絵とともにその後ヨーロッパで沸き起こった,ジャポニズムを象徴する美術工芸品となったのである。

蒔絵貝合わせ桶

蒔絵を施した貝合わせ

江戸時代の蒔絵職人

蒔絵雛人形箪笥
 
 
ところで,ダンヒル・ナミキという万年筆のブランドをご存じであろうか?
 

人間国宝 松田権六氏と ダンヒル・ナミキ万年筆

 
 
パイロット万年筆の創業者である並木良輔氏が,1930年イギリスのダンヒル社と欧州販売代理店契約を締結し,作り上げたブランドである。
ペン先にはダンヒルの社名が刻印されてはいるが,ボディとキャップには日本の蒔絵師による美しい漆の蒔絵が施されている。その蒔絵の総指揮を執ったのが松田権六氏であった。
 
松田権六氏 1896年4月20日 - 1986年6月15日 石川県金沢市に生まれる。1955年人間国宝
 
 
縄文時代に始まった日本の漆の加工技術は,21世紀の今もなお引き継がれている。



09/23 01:05 aberu 蒔絵以外にも沈金も重要な技法やね。
->09/23 12:55 den_go aberu|09-23 01:05 > そうですね。蒔絵にしても沈金にしても,その前提には薄い金箔や銀箔を造る技術が必要です。そして薄い金箔銀箔を造るには,優れた和紙がなければならないのです。こういう部分を次回のスレッドのテーマにしようかな。
09/23 10:22 0020__ たしか、金属(ペン先)部分にも漆コーティングを使用していた万年筆会社があった記憶が・・。
錆びなくていいらしい。
->09/23 13:04 den_go 0020__|09-23 10:22 > それはペン先ではなくて,ペン芯’ペン先の下の部分)に漆を塗ったものではありませんか?